レンタルオフィス・サービスオフィスを大阪でお探しなら、コンシェルジュオフィス北浜T4B。

大阪、北浜。

明治初頭、かつてここには大きな時代の息吹があった。 世界に追いつき、追い越そうとする フロンティアスピリッツが力強く鼓動していた。 メインストリートの高麗橋通りは、希望に満ちた明日を夢見て 関西中から集まった人々で華やかににぎわい、 この地で一旗あげることは人々の憧れのすべてだった。 そんな商業の街、大阪・北浜に80年の時を刻んだ北浜のシンボルが 最上の設備とホスピタリティあふれるサービスを誇る コンシェルジュオフィス・北浜T4Bとして生まれ変わりました。

ここ、北浜エリアはかつて大阪の商いの中心でした。
その中にあって、北浜T4B=“生駒ビルヂング”は
当時最もモダンなビルと言われていました。

生駒ビルヂングの歴史

生駒時計店は、元来は袋物や小物を扱って江戸時代後半から商いを始め、 明治3年に中央区今橋(淀屋橋筋西側)に大阪屋権七が「大権 堂・生駒商店」を創業したのが始まりである。 昭和初期の御堂筋・淀屋橋筋の拡張に伴って、現在の北浜(堺筋平野町西南角)に移転し、 昭和5年に当時のお金で15万円をかけ「生駒ビルヂング」の建設を行った。昭和20年3月の大阪大空襲により、周辺は焼野原となったが、 当ビルは堅牢なコンクリート壁と各開口部の防火扉によって戦災を免れた。その後、1983年に外壁のテラコッタの一部が落下したことを契機に、外壁剥離防止及び鉄製窓枠を全てアルミサッシに替える大改修を行っている。
平成7年の阪神大震災の時も、隣接するビルの窓の大半が破損する状態においても直径6寸5分の松丸太を493本基礎杭として打ち込んだ 工法の為か、ほとんど被害がなく現在に至っており、平成9年には文化庁の「登録有形文化財」に指定された。

見どころ

建築様式

20世紀初頭から流行した「アール・デコ」の様式を多分に取り入れた 設計者宗兵蔵氏の代表的建築の一つで、当時も「モダン」なビルと言われた。

時計塔

屋上の時計塔を堺筋から見上げると、5階から3階にかけて縦に長く出窓があり、 その下の2階部分に丸窓がある。 これは時計の振り子をデザインしたものだが、最近は街路樹が高く伸びて繁り、冬期落葉時に交差点東北角から眺めないと分からない。

タイルとテラコッタ

外壁タイルは手掻き線入り(スクラッチ)の別注品で、1983年外壁修理、腐食した鉄の窓枠サッシを取替えた時相当数のタイルを破壊せざるを得なかったが、同型のものが出来なかったので、ビルの裏側(主として西側4~5階部分)に残っていたタイルを剥がし取り1枚ずつ丁寧に仕上げ直して使用し、殆ど全面的にエポキシ樹脂を注入して接着固定した。 テラコッタ(terra cotta=イタリー語で焼いた土の意)は、屋上周りの装飾、各階の窓の上下のライン等に使用され、 アールデコ調の建築様式を強調している。東北ファサードの屋上から3階にかけて縦に取り付けられた装飾板(彫刻風)は、ビルを特徴づけ る装飾として当ビルの誇りとするものだが、残念ながら意味不明である。
その最上部に取り付けられた、生駒時計店の商標である「駒型に生」の金属マークは戦時中に銅地金供出のため長らくブランクになっていた が、外壁改修に当たり復元されたもので、縦55cm、横43cmのものである。

鷲の石像

入り口とショーウインドウの上部7ヶ所に置かれた御影石の鷹の彫刻は、設計の段階では「フクロウ」であったが、西洋では知恵の象徴とされる「フクロウ」も往時の日本では夜の鳥として暗いイメージであったので鷲に変更されたと伝えられていた。 最近になって「フクロウ」のデザインの入った設計図が発見され、言い伝えが裏付けられた。

ガラスの煉瓦

東、北両入り口の足元にあるガラス煉瓦も、昔はよく見られたが 今は殆ど使用されないようであり、痛みも大分ひどくなっている。
通用口のものは、ずっと以前に破損したと見えてセメントで塗りつぶされて久しい。

正面大理石階段

イタリー産の大理石を使用した階段には戦前より赤いじゅうたんが敷かれている。
下から3段目に、大きなアンモナイトの化石が明瞭に見えるということだが、現在はじゅうたんに隠れてしまっている。大理石は2階までである。

ステンドガラス

ショーウインドウ上部に嵌め込まれた装飾用ステンドガラスは、建築当初のものを一部活用した。昭和初期の輸入品である。
又、西面小窓(現在外側は殺してある)の「G」「I」をデザインした小さいステンドガラスも「G」は往時のもの、「I」は改修のとき復元したものである。
「G.I」は「ゴンキチ・イコマ」のイニシャルで、 当社の英文登録商号はG.Ikoma Ltd.となっている。

天井・柱

非常に高い天井は、照明・空調の効率を考えて、長年仮天井で低くしていたが、現在は原形のままである。
深い梁や柱上部のアールデコ調の装飾なども色彩以外は昔のままである。
中央にある2本の異常に太い柱は、陳列の配置も難しく死角も出来る難があるが、店内をより重厚に見せている。
柱や壁面のタイルの目地は、設計の仕様書にも「純金粉塗」とあり、2~30年前は数ヶ所かすかに残っていたが今は全く分からない。

エッチングのガラス・ボード

1991年改修のときカウンター後ろに新設したものだが、そのアールデコ調のデザインは設計者宗兵蔵氏のデザインをそのまま活かしたもので、時計機械の断面ではないかと思われるが、その意図も今となっては分からない。
原材は2m余の木製彫刻で南側陳列上部に取り付けられていた飾り板で、現在時計塔内に保管されている。

照明器具

1階と2階への階段の壁面に、唯二ヶ所当初の照明器具が残っている。
形状はアールデコ調の凝ったデザインで、これと同様のデザインの器具が1階の天井にも 又他の場所にも数多く取り付けられている。
建築物ではないが、2階カウンター背後に飾られているホールクロックは、新築に当たり生駒吉之助がロンドンのベンソン社まで行って直接購入し、50年間標準時計として使用してきたもので、中央は分針1本のみ、重錘捲き上げ式の八日巻の珍しいものである。現在機械不良で簡単に修理も出来ず、たとえ修理してもその精度はクォーツの安価な時計にも劣るため使用していないが、このビルの出来たときから主(ヌシ)的存在として大事にされている。

エレベーター

機械一式は1982年新しく入れ替えたが、以前は12人乗りの大型、 手動式で二重の格子扉であった。しかも店舗の設計上1階のみ北向にドアが開く二方向ドアの特別製だった。
新機は法律上の規制もあって一方口となっている。
現在使用していない1階の「北向のドア」(今のエレベーター入り口の右側面)は往時のまま。
上部の大理石で囲った回転式インジゲーターとともに完全保存されている。

時計塔のゴング

時計塔の屋上に取り付けられていたが、時計の機械を取替えた時(1980年)以来 東京のセイコー資料館に寄託陳列されていた。 1996年同資料館が閉鎖され返却されてきたものである。50年の風雪にさらされながら、澄んだ音を随分遠くまで響かせていたと云われている。

北浜T4Bでは写真や映像を撮影する際の撮影場所としてもご利用いただいおります。
北浜T4Bへのお問い合わせは
フリーダイヤル:0120-708907(平日9:00~18:00) E-mail:info@t4bk.com 北浜T4Bの撮影について

ページトップへ

北浜T4B(ティーフォービー) 〒541-0046 大阪市中央区平野町2丁目2-12 [MAP] フリーダイヤル0120-708907(平日9:00~18:00)
T4Bに関するお問い合わせ・
資料請求はこちらをクリック
生駒ビルヂングについて
こだわりの家具

オフィス空間は、全席にアーロンチェアを採用し、特注家具を導入するなどデザイン性や機能性の高いオフィス家具をご用意しております。 詳細

ロケーション

大阪のビジネス街の中でも、伝統があり落ち着いた雰囲気が漂う北浜界隈。地下鉄出入り口に近く、各ビジネス主要地域へのアクセスも便利です。 詳細

イルバール

カフェ・バール「イルバール」を併設し、1階ホールから直結しています。バリスタがたてるコーヒーやカプチーノ、パニーニランチが人気です。 詳細